2014年3月アーカイブ

稲ワラにも、ニワトリの飼料にも、ほぼ同一の抗生物質が残留していた。

これがジャガイモの葉をまるめてしまったのである。

その成分は、収穫されるジャガイモにも確実に残留していった。

ほんの一例だが、こうしたことが農業の現場では日常茶飯事なのだ。

もっと極端なケースでは、除草剤の例がある。

無農薬栽培をうたっているある農業集団でのことだ。

地元の農業研究家の人たちが見学に行った。

栽培法をよく聞いてみると、除草剤を普通の農家と同じレベルで頻繁に使っていたのだ。

原因は、堆肥とニワトリの飼料にあった。

結論からいうと、その集団では堆肥をつくるために普通の農家から稲ワラを購入していた。

コメをそれほどつくっていない彼らにとっては、いたしかたないことである。

このワラの中に除草剤の抗生物質に近い成分が残留していたのだ。

これのせいとわかった。

ところが、ジャガイモの葉がまるくなる現象は、稲ワラを購入していない集団でも発生していた。

必死で原因を探ってみたら、こんどはニワトリの飼料に混ぜた抗生物質の仕業だということが判明した。

その糞尿をきゅう肥として使っていたからである。

たとえば、こんなことがあった。

有機栽培、作物によっては無農薬栽培を実践しているマジメないくつかの農業集団があって、地元の農家からも仲間として認められていた。

ここの畑で異変が起きた。

栽培中のジャガイモの葉が、複数の集団で一様にまるまってしまったのだ。

驚いた農家の人たちは、さっそく原因の究明に乗り出した。

しかし、いくら調査してみても、原因不明のままで、結局、親しくしている農業試験場の門を叩いた。

ニワトリに除草剤を食べさせている。

畑にまったく農薬を撤かないで栽培しても、そこから収穫した野菜・果物に、農薬が残留しているということがしばしば起こる。

農村地帯でまとまった量を出荷している農家では、たとえ無農薬でとおした農作物にも農薬が残留している、というのが農業研究者たちの常識だ。

完全に近い無農薬の野菜・果物がつくれるのは、もはや小面積の家庭菜園に限られてしまった。

農業としては不可能に近いことになっているのだ。

このように、種によって異常の出方に特徴があることなどを種の特異性というのだ。

「サルとヒトは種の特異性が非常に似ています。

できればサルを動物実験で使うのが理想なんですけど......」

と和先生はうつむき加減で話す。

現在、農薬の安全試験でサルを使うことは、まったくといっていいほどないのである。

現状では、ラット、マウスに頼るしかすべがないのだ。

当然こうした実験では把握しきれない害が生じる危険性もある。

生まれながらの四肢奇形のサルたちは、ボクたちが平気で食べつづけている"農薬づけ"野菜・果物に対して、重大な警告を発してくれているのではないだろうか。

だが、大豆、ミカン、リンゴ......などに多く含まれるディルドリン、ヘプタクロル・エポキシドといった農薬成分の体内残留量がかなり多く、要注意である、と記載されている。

「現在の農薬は、おもにラットやマウスの動物実験で、その安全性がチェックされています。

そして認可・製造されています。

しかし、種の特異性ということを無視し気味です」

同じ農薬を使ってラットやマウスで認められなかった異常が、サルやヒトだと明らかに認められる。

それでは、やはり残留農薬が原因とみるのが正解ではないか。

「大豆、ミカン、リンゴなど、ヒトが食べているのと同じもので餌づけをしています。

ですから、農薬は原因としては有力と考えられるのですが、今回の研究では、断定するまでには至りませんでした。

もっともっと研究する余地は多分にあります。

農薬がもっとも疑わしいことは確かなのですから......」

和先生が見せてくれた研究資料によると、ニホンザルの体内蓄積は、BHC、DDTはヒトよりも少ない。

なぜ、これほど多くの奇形が生まれるのかについて、和先生が、ものしずかに言う。

「......原因については、仮説をたてて調査しました。

サルは土を口にしますから、土壌説。

そして、ウイルス説、遺伝的要因説などです。

しかし、いずれも四肢奇形の原因とは認められないのです」
一般に動物では狭い種族のあいだで交配をつづけていると、遺伝的な悪影響が現われることがある。

餌づけされているニホンザルでもそうした現象は考えられるが、この場合の四肢奇形の異常な増加に関しては、直接の原因とは考えられない、という結論に達しているのである。

結果として得られたことは、遺伝的要因によるものとは考えられない、という結論である。

この調査・研究の現場チーフであった獣医学博士の和秀雄氏を訪ねてみた。

和先生は、北海道大学獣医学部を卒業したのち、愛知県の「日本モンキーセンター」の研究員となり、二〇年余り勤務。

現在は、JR中央線・武蔵境駅のすぐ近くにある日本獣医畜産大学の獣医学科野生動物学教室で、講義・研究に取り組んでいる。

「餌づけされているニホンザルに、最初の四肢奇形が見つかったのは、昭和三〇年です。

高崎山でした。

以来全国の野生公園で四〇〇頭以上発生しているのです」

動物にも影響が出ている。

餌づけされているニホンザルの体に、奇形がやたらと多い。

手・足の指が一本しかない、短い、一〇本前後もある、まったくない、足りない、裂けている......。

人間の奇形の場合とほぼ同様の症状が出ているのだ。

野猿が群れをなして暮らしている各地の野猿公園で、それが顕著なのである。

大分県の高峰山、伊豆の波勝崎、秩父の長瀞、兵庫県の淡路島、高知県の大堂。

昭和五三年から五八年まで、この五カ所のニホンザルの手足の奇形を、おもにX線撮影で調査し、その原因を解明する研究が行なわれた。

人間がどれくらいの危険物質を体内に摂り入れているのかというデータに、動物実験で得られた発ガン率をあてはめて、動物の体重を人間の体重に換算したうえで、いくつかの専門の公式を用いて算出されたものである。

動物実験の結果や公式の種類によって、発ガンしうる人数に大きな開きが出てくるのだ。

また八三年には、内山充博士が「DDT、PCB、BHCなどの汚染物質によって、日本で年間約一五〇〇人が発ガンすることもありうる」と、アメリカ環境保護局(EPA)が水質基準を算定する際に用いている数式に基づいた、同様の試算を発表している。

ひとつの農薬で何千人もがガンになる危険性があるということは、たくさんの農薬によって、またその複合作用によって、何千人、何万人もの人が発ガンの危険にさらされていることを意味する。